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路傍の晶

第10回

美容室パキラ  店主 西村 政一さん

* カウンターに立つ西村さん *
* カウンターに立つ西村さん *
その手は分厚く、逞しい。繊細な手先を要する美容師の手というよりもむしろ、力仕事に長ける大工のそれを思わせる。

 「趣味で日曜大工をやり始めたら、こんな手になりました」と、西村政一さんは笑う。「自宅のベランダを直したり庭にデッキを作ったりしているうちに、近所のひとたちからも頼まれるようになった。休日を利用して、陽が落ちるまで作業に没頭する。毎週のように何かしら力仕事をしてるから、体力もつきますよ。テーブルや棚など、木を用いる大概のものは作れます」
* 手作りの品が並ぶお店 *
* 手作りの品が並ぶお店 *
もちろん専門的な知識はない。だが作業は本格的だ。室内のスペースに合わせられるようパソコン上で図面を引き、不要になった材木や丸太を切って部品分けし、組んでいく。ニスを何十回も塗った仕上がりは、鏡のように美しい。また時には庭全体に手を施すこともある。すなわち土を掘り起こして土台となる石を組み、デッキや敷石を設えるのだ。技術は見よう見まねで学んだ。たとえば工事現場のまえで立ち止まり、コンクリートの扱い方を記憶する。あるいは街中でブロックを組み上げていれば、左官業の技を目で盗む。こうして得た知識を持ち帰り、自分のものにしたのである。

 思えば今でこそ筋金入りの趣味となった日曜大工は、店の内装を手直ししてきたことに始まっている。30歳で独立した当時、建物は30数年経ったものだったという。そのために彼は折に触れ、手をかけてきた。雨漏りを防ぐために修理してペンキを塗り、客が雨に塗れないよう軒先に屋根も自身で取り付けた。受付のカウンターや至るところに備えた棚、可動式の椅子、客を迎えるウェルカムボードなどは総て、西村さんの手作りである。
* パキラ *
* パキラ *
「一度気になると放っておけないんですよ。しかも自分で何でもやれると思っちゃう。だから努力してるという意識はまったくないんですよね」

 「一生懸命は自分に向いてない」と彼はいう。しかし、美容師として歩んできたこれまでを支えているのは、若い頃の努力に他ならない。ビートルズやグループサウンドに影響され長髪を好んでいた彼は、二十歳のときに秋田から上京し、免許を取った。就職した店では朝から晩まで働き通し、25歳で店をふたつ任されるようになった。「好きでなければ辞めていたでしょうね」顔には出さないものの、およそ30年間にわたる美容師としての土台がそこにあった。無骨な両手の分厚さは、けっして日曜大工のせいだけではない。

 西村さんがいま空き時間を利用して作っているのは、外に掲げる店のロゴである。いつものようにパソコン上でデザインし、木を切り、加工を施しているところだ。思い立てば掃除した直後でも木屑を飛ばしながら作業する。「一度ハマると没頭しちゃうんです。ちょっと変わり者なのかもしれません」豪快に笑い飛ばす西村さんの傍らには、手づくりの棚、そしてその上にはパキラが乗っている。青々とした大きな葉を咲かせるこの観葉植物には、「見返り美人」という意味が潜んでいるそうだ。
  
 

取材・文◎隈元大吾

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